犬のT細胞性リンパ腫の治療について

みなさん、こんにちは。院長の諏訪です。
11月に入り、だいぶ寒くなってきました。
人も動物も季節の変わり目は体調を崩しやすいものです。ご注意ください。
今年も残すところあと2ヶ月弱です。1年はとても早いですね。
一日一日を大切にし、日々勉強していきたいです。

さて、本日は、大変有名なAS Moore先生が2016年に報告されたReview論文です。
「犬のT細胞性リンパ腫の治療」についてです。

リンパ腫とは?

リンパ腫は比較的発生の多く見られる血液のがんです。
「リンパ腫」と一括りに言っても、実は様々な病態があり、リンパ腫はとても細かく分類されます。
そしてそれぞれの病態にあった治療が必要となり、予後も一括りに説明することができません

B細胞性とT細胞性?

リンパ腫は白血球の一つであるリンパ球の腫瘍になります。
このリンパ球はB細胞とよばれるものとT細胞とよばれるものに大きく分けられます。
B細胞とT細胞では身体の中での働きが違います。
リンパ球が癌になる時、B細胞が、がんになるのか?T細胞が、がんになるのか?によって、
リンパ腫の免疫表現型が変わります。
T細胞は細胞表面にT cell receptor(TCR)と呼ばれる受容体を持っていて、αとβユニットからできるTCR-αβと、
γとδユニットからできるTCR-γδに分けられます。
T細胞性リンパ腫の場合、このTCRを判断するために組織を染色する検査(免疫組織学的染色)や
遺伝子検査(PARR検査)、フローサイトメトリーなどが実施されます。
特に犬のリンパ腫ではB細胞性とT細胞性で治療反応性や予後が異なることが過去の多くの報告からわかっています。

T細胞性リンパ腫の分類

リンパ腫の分類はとても多いですが、ここでは最も一般的に報告されている犬のT細胞性リンパ腫を示します。

一般的なT細胞性リンパ腫のサブタイプ
低分化型T細胞性リンパ腫 末梢T細胞リンパ腫
T細胞リンパ芽球性リンパ腫
肝脾リンパ腫
節外型T細胞性リンパ腫 腸管型T細胞リンパ腫
皮膚型T細胞リンパ腫
緩徐進行型T細胞性リンパ腫 T zoneリンパ腫
T zoneリンパ腫(TZL)

ゴールデン・レトリーバーやシーズーに発生の多く認められるTZLは緩徐進行型(進行が遅い)のリンパ腫です。
診断には通常リンパ節の組織検査が必要となります。
最近の報告では75頭の緩徐進行型リンパ腫のうち61%はTZLであり、さらにそのうちの半数の症例でリンパ球増多症が
認められました。リンパ球増多症を認める症例の方が、生存期間は短いことが報告されています(MST:15.4ヶ月)。
犬のTZLの全体の生存期間中央値(MST)は33.5ヶ月という報告があります。

治療にCHOPベースプロトコルを用いた場合、MSTは15.4ヶ月である一方で、クロラムブシルとプレドニゾロンの治療を
行った場合、より長生きであるという報告があります。何も症状のないTZLの症例の場合、必ずしも抗がん剤治療を
必要としないこともあります(無治療でのMSTが22.6ヶ月との報告もあり)。
TZLの治療介入の明確な基準はなく、最終的にはそれぞれの獣医師の判断になります。
筆者の判断基準として、
・臨床兆候がある(substage b)
・急速進行を認める
・末梢血のリンパ球数>9200/μL
・3cm以上の病変が複数ある、もしくは1つの病変が7cm以上ある
・骨髄抑制を認める
・腫瘍浸潤による臓器機能障害を認める
などです。無治療の場合は定期的なリンパ節のサイズの評価や血液検査でモニタリングをしていくことが多いです。

低分化型リンパ腫(HGTCL)

現時点で、獣医領域ではTZL以外のT細胞リンパ腫はHGTCLと考えられ、これは人の末梢T細胞リンパ腫(PTCL)と類似した病態
であると考えられています。PTCLは人ではさらに約20種の病態に分類されます。
犬では皮膚型リンパ腫や肝脾リンパ腫、胃腸管のT細胞リンパ腫などに分類されます。
(現時点ではやや分類がはっきりしていない病態も多い分野です)
PTCLは挙動の悪いタイプのリンパ腫で、予後も厳しいことが多いです。
ある報告ではHGTCLのMSTは5.3ヶ月であり、TZLやB細胞性リンパ腫と比較し、生存期間が有意に短いとされています。
治療は一般的にL-CHOPベースプロトコールや、アルキル化剤を用いたプロトコールが選択されます。

肝脾リンパ腫(HSTCL)

γδT細胞によるリンパ腫で、とても挙動の激しい、攻撃的な腫瘍です。
ある報告では無治療の生存期間が3週間とされています。

下の表はHGTCLやHSTCLを含んだT細胞性リンパ腫の治療比較になります。

T細胞性リンパ腫の3種類の多剤併用療法の治療効果の比較
  VELCAP-TSCプロトコル L-MOPPプロトコル CHOPプロトコル
症例数 70 50 24
完全寛解率(%) 64 78 88
生存期間中央値(日) 237 278 234
1年生存率(%) 31   14
2年生存率(%) 20.2 >25 5
(これらのプロトコールでは日本国内で入手できない抗癌剤などが含まれています。)
HGTCLの治療法がいまだどれが良いかは定まっていません。
ここまでが論文の内容になります。
やや複雑であり、はっきりと結論づけられない内容なので難しかったかもしれません。
その子にふさわしい治療を科学的に根拠づけられた治療の中から選択することが大事であると僕は考えています。
 
 
 
 

原文はこちら→Treatment of T cell lymphoma in dogs

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